[ 悠 々 日 記 ]/ YUYUKOALAのブログ

コアラのように悠々と日々暮らしたいと考えている、とある人の日記です

朝日新聞で「テニスの王子様」が「歌舞伎にも通じる日本的エンターテインメントの真髄」と評される

20日朝日新聞夕刊に掲載された、
マンガ書評コラム「コミック・ジャック」で
許斐剛テニスの王子様」が取り上げられていました。
ぶっちゃけていた作品ということもあったせいか、
書評もまたぶっちゃけた内容といった印象です。
評者は漫画評論家藤本由香里氏。
 

日本的「人気」を凝縮
 この夏、念願の「テニミュ」に行ってきた。「テニミュ」とは、「週刊少年ジャンプ」にこの春まで連載されていた人気マンガ、許斐剛テニスの王子様』(通称テニプリ)のミュージカル版。もともとがどうぞお好きにカップリングしてくださいと言わんばかりの、男の子たちの博覧会の様相を呈している原作に合わせて選ばれた、たくさんの若手イケメン俳優たちが歌って踊る舞台が、6年目の今も大変な人気なのだ。
 実際に見てみて思ったのは、原作にせよ舞台にせよ、この作品には日本人に特異な「人気」のありようが凝縮されているということだ。
 まず、テニミュというのはある意味、男性版の宝塚。ミュージカルという形式もそうだが、各期のキャストは基本的に1年半で「卒業」する。もちろん宝塚の研修期間はもっとずっと長いが、「まだ下手なときからこの人を応援している」=「役者の成長を見守る」という感覚が、人気を支える大きな要素になっていることは共通している。観客と一体になって育つ。これは、日本に独特のありようではないか。
 そして、シルエットを人目見ただけで、どの役者がどの役かが瞬時に分かる、つまり姿形を含めて「キャラが立ってる」&決めゼリフ&名前のついた必殺技=テニプリの核心
 原作の後半はほとんどもう超能力戦だが、潔いほどの思い切り方で、破天荒でもともかく、読者や観客が「見たいものを見せる」。作品としての完成度は求めない。それが、歌舞伎にも通じる日本的エンターテインメントの真髄なのかも。
朝日新聞2008年8月20日夕刊 「週刊コミック・ジャック」より)

 
「どうぞお好きにカップリングしてください」
「姿形を含めて『キャラが立ってる』&決めゼリフ&名前のついた必殺技=テニプリの核心」
「原作の後半はほとんどもう超能力戦」
「作品としての完成度は求めない」
 
一般紙でここまでぶっちゃけて書かれた漫画の書評も珍しいです。
 
でも、「完成度は求めない」という作品「テニプリ」が
「歌舞伎にも通じる日本的エンターテインメントの真髄」とまで
言うのは、幾らなんでも言い過ぎなのでは、と思います。
 
ところで、
テニミュ」の話が半分位を占めているこのコラムは
本当に漫画版「テニスの王子様」の書評なんでしょうか。
単に藤本氏が観に行った「テニミュ」の感想を
あたかもブログで自慢するがごとく、
書き連ねただけという気がしないでもないです。